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第三章 シックスティーンス・ムーン(十六夜の月)


昔むかしあるところに、

それはそれは玉のように美しい王子がおりました。

年老いた父王と母后が治める国は小さな国でしたが、

民は勤勉でよく働き、恵まれた自然が農作物の豊かな実りをもたらす、

戦いのない平和な国でした。

兄弟を持たない王子を王と后は深く慈しみ、

心やさしく高潔な王子を民は心から敬っていました。

王子はその小さな国で、誰からも愛され、

心安らかに幸福に暮らしておりました。

しかしある時、その幸せな国に、隣の大国の王から使者がやって来ました。

国の友好関係のため、王子と親交を深めたいので、

一度国に遊びに来てほしいと言うのです。

隣国の王は大変な暴君で残虐という噂です。

世界征服も狙っていると周囲の国々から恐れられていました。

実直で賢者の家臣が、

「これは罠です。王子を人質にして老王を捕らえ国を奪おうとしているのです」

と言いました。

しかし大国の申し出を断わるわけにはいきません。

王子はどうするべきか分からず、森へ行くことにしました。

その森は魔王が棲むと伝えられ誰も近づきませんでしたが、

王子は困ったことがあるといつも森の精霊たちに相談していました。

しかしその日は森の精霊たちが見あたりません。

王子は精霊を探し森の奥深くへと入って行きました。

気が付くと日は暮れはじめ、あたりは知らない風景に変わっています。

王子は道に迷ってしまったのでした。

夜の闇がいよいよ迫ってきました。

王子は途方にくれました。

いつもやさしくささやく森の木々は、

なにかの恐怖に怯えるようにザワザワと枝葉を震わせています。

森一番の大木の天辺で、大きなフクロウがホウと鳴くと、森は闇に包まれました。

今夜は朔。輝く月もその姿を隠していました。

王子は急に恐怖を感じました。

すると闇の中を一陣の風が吹き抜け、

突然、天から大きな黒い影が王子に襲い掛かってきました。

王子は慌てて身を屈め黒い影を振り払おうとしましたが、

黒い影は王子の身体に纏わり、王子の身体を包んでしまいました。

王子は息をすることもできません。

黒い影は、そのまま身動きがとれなくなった王子を、

飲み込もうとしていました。

と、その時。

(大沢龍彦著『不幸せな王子』より)

  



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